国の融資(生活福祉資金・母子福祉資金・年金担保貸付・職業訓練受講給付金)などのまとめ

国の融資(生活福祉資金・母子福祉資金・年金担保貸付・職業訓練受講給付金)などのまとめ

キャッシングする理由として「生活資金に困った」というものがありますが、本当にお金がない状態で、生活に困っているのであれば、国の融資を受けるという選択肢もあります。

ここではそんな国の融資制度の解説と、その他のキャッシングにまつわるトピックス・コラムを書いていきます。

「国の融資」について

もし生活資金に困窮してキャッシングする…というのであれば、国の融資を受けることができます。たとえば、

というものです。以下、それぞれ詳しく説明します。

「生活福祉資金」とは

生活福祉資金とは、

  • 生活困窮者全般に対する融資で、
  • お金が必要な利用用途に応じて、
  • 一般的に必要な金額を、
  • 超低金利(あるいは無利息)で融資してくれる

というもの。どのくらいの低金利かというと、大体年率1.5%程度で、これは、

  • 住宅ローンよりやや低金利で、
  • 奨学金よりやや高いか、同じくらい
  • また、連帯保証人を立てれば無利息になることが多い

ということで、かなり「破格の条件」となっています。ちなみに、実質年率1.5%というのが、どのくらいの金利なのかというと、

…という風になっています。10倍か、それ以上違うということですね。そのくらい、生活に困っている人であれば、消費者金融や銀行カードローンやクレジットカードなどでキャッシングするよりも、生活福祉資金を利用した方がいいということです。

「母子福祉資金」とは

母子福祉資金は、生活福祉資金のシングルマザー・母子家庭限定版です。もちろん、父子家庭ように「父子福祉資金」というものもあります。要は「片親」であれば受けられる融資制度ということですね。

融資の内容は、生活福祉資金とほぼ同じです。

  • 就学・就職・結婚・転居などの資金用途別に、
  • それぞれ妥当な金額を、
  • 無利息か超低金利で融資してくれる

というものです。母子福祉資金・父子福祉資金の詳しい内容は、それぞれの市区町村によって違うので、詳しくは自治体の公式サイトをチェックしてみて下さい。

「年金担保貸付制度」とは

年金担保貸付制度は、年金を使ってできる超低金利なキャッシングのようなものです。もちろん、キャッシングといっても国の融資です。

  • 生活福祉資金や母子福祉資金のように、
  • 「利用用途別に金額が決まっている」というスタイルではなく、
  • 利用用途に関係なく「年金の何ヶ月分まで」という風に決まる

ということ。そして、

  • 返済は毎月の年金から天引きしていく
  • つまり年金担保というより「年金引き落とし」といった方がわかりやすい

ということです。もちろん、生活福祉資金などと同等の超低金利です。無利子になることはありません。

年齢制限の記事でも詳しく書いていますが、

  • 消費者金融では「69才」まで
  • 銀行カードローンでは「65才」まで

でないと、基本的にキャッシングが難しくなるので、これらの年齢を超える70才の高齢者の方々などは、年金担保貸付制度を有効に活用していただくといいでしょう。

(ちなみに、高齢者の方々については、貸します詐欺などの被害の報告も多数見られるので、注意してください。)

「職業訓練受講給付金」とは

職業訓練受講給付金は「融資」ではなく「給付」なのでもらえるお金です。条件などを箇条書きすると、

  • 月8万円もらえる
  • ハローワークの職業訓練を受講するのが条件
  • 最低でも8割は出席。基本的に全部出席
  • 交通費も支給される
  • 世帯年収が月収25万円であればいい

ということ。逆に言えば父親が、25万円以上稼いでいたらダメということですね。もちろん、それはそれで「それほど生活に困窮しているわけではない」ということで、別に職業訓練受講給付金をもらうまでもないでしょう。

職業訓練受講給付金にしても、生活保護や生活福祉資金にしても、国の融資の類は、あくまで本当に困っている人のためのもの、ですからね。

「株式投資」での借金

投資でのキャッシングはよくあるものですが、「株式投資」の場合はどうなのだろうと思い「株式投資 借金」で検索してみたら、下のページが1位でヒットしました。

  • 株失敗で、借金8000万円抱えた知人の末路
  • http://www.fundaciotarraco.org/page-40.html

というものです。Google検索で1位のサイトは大体面白いですが、これも面白いです。キャッシングの実例としても参考になるので、紹介させていただきます。

(なお、これは仕手株という危険な銘柄に手を出した人のケースであり、株式投資自体は、よく研究し、正しい銘柄に投資すれば、そんなに危険なものではないはずです。濡れ手で粟の、一攫千金を狙うと、借金地獄になるリスクもある…というだけの話です)

「株で失敗した知人の末路」の要約

要約させていただくと、

  • 仕手株で、一度成功した人である
  • それで味をしめていたら、仕手筋詐欺にあった
  • ↑(仕手株で儲けましょう…とブローカーが仕掛ける詐欺)

というもの。途中の流れも詳しく書くと、

  • 1000万円の初期投資で始めた
  • わずか1年足らずで、10倍以上に、資産を増やした
  • しかし、この詐欺で億単位の損失を出した

ということ、で、どういう人だったのかというと、

  • 会社経営者で、年収数千万円の高額所得者
  • ↑(管理人さんの元上司=社長)
  • 超高級マンションに住んで、ブランド品で身を固めていた人
  • それが一瞬で地に落ちてしまった

という話です。で借金を作った後はどうしたのかというと、

  • 借金は、肩代わりしてくれる人が見つかった
  • といっても代位弁済なので、借金がチャラになったわけではない
  • その知人に対して、今も返済を続けている
  • 数年前の出来事だが、今は質素な生活をしながら地道に働いているはず

ということです。「よくありそうな話」なので、信じる信じないは自由ですが、

  • 実は、こういう話はあまりリアルに描けない
  • ↑(リアルに描写すると、人間関係にヒビがはいるので)
  • なので、どうしても「よくありそうな、抽象的な話」になる

ということ。なので「抽象的だから信じられない」というのは、常に正しい態度とは限りません。もちろん、人間関係などを顧みずに、リアルで書いてもらえたら一番面白いんですけどね。

ただ、こういう話が実際にたくさんあるのは事実です。たとえば「世紀の相場師」と言われた「ジェシー・リバモア」という大投資家も、4回自己破産をしています。(そして、四度目の破産からは、立ち直れませんでした)

アメリカなので、破産しても日本ほど痛くない(再チャレンジできる)のですが、何はともあれ投資というのは「甘く見ていると、相当危険な目にあう」ということなのです。

(ただ、甘く見ずにしっかり研究を続けた人であれば、特に問題はありません)

また、何しても、

という二点は、鉄則だと思って下さい。

借金漬けにならないための、基本中の基本

「基本」はいつでも「退屈な話」に聞こえるものですが、それを「裏付ける知識」を列挙していくと、膨大かつ多ジャンルに渡り、面白いものです。(基本だけに、どんどん発展していくわけです)

というわけで、まず「借金漬けにならないための基本」を列挙します。一見当たり前の話に聞こえますが、それに関連する知識を紹介していけば、何かしらヒントを得ていただけでしょう。で、借金漬けにならないための基本は、

  • とにかくお金を稼ぐ・働く
  • 無駄な買い物をしない
  • 無駄な人付き合いをしない
  • 自分が何のために生きているのか、考える・感じる
  • 健康でいる

ということです。小学生でも言えそうなことですが、以下、これらに関連する知識をどんどん書いていきます。

とにかく稼ぎ、働く

まず、真っ先に「嫌だ」と思った方が多いでしょう(笑)。「労働なんて、人間に与えられた罰だ」と思う人もいるでしょう。

これは歴代の人類がずっと繰り返してきた議論で、まず「労働は罰である」というのは旧約聖書の「創世記」から来ています。

  • アダムとイブが、禁断の果実を食べた
  • その罰として、労働が与えられた

ということですね。Twitter民などがなにげなく使っている「労働は罰」という言葉は、旧約聖書の言葉(教え)なのです。

しかし、聖書は労働を否定していない

この「聖書では、労働を罰と書いている」という所までは、割とよく知られています。たとえば2008年、当時の麻生太郎首相も講演会でこれを語り、キリスト教徒の反発を買いました。

「キリスト教では労働は罰だ。しかし、日本の神話では、神々が昔から働いている。だから、日本では労働は善だ」

という発言です。(ニュアンス的には「日本人の方が、根が勤勉だ」という意味です)

しかし、聖書は労働を否定していないんですね。「アダムとイブ」の話は、創世記の「第一章」だけで、「第二章」ではすでに、

  • 天地創造で、大地が荒廃していたが、
  • その土地を耕して、得た果実を神に返す

という「労働の喜び」を、人々が見出しています。

もちろん、これが「洗脳」かどうかはさておき、確かなことは、

  • 「労働は罰」というのは、聖書の「始め」だけであって、
  • 途中から「労働は善」に切り替わっている

ということです。で、先に進みましょう。

「働かざる者、食うべからず」も、聖書が出典である

「働かざる者、食うべからず」は、仏教か、あるいは日本の言葉だと思っている人が多いでしょう。しかし、これも実は「新約聖書」が出典なんですね。箇条書きすると、

  • キリストの弟子のパウロが、
  • 「テサロニケ人への第二の手紙」の中で、
  • 「働きたくないものは、食べてはならない」と語った

というもの。この言葉には2つの意味があって、

  • 怠惰になってはいけない(現代でも使われる意味)
  • 「理想」ばかりを見て「現実」を放棄してはならない

となります。前者については解説は不要でしょう。この後者が「働くのは嫌だ」の理由にも関わる部分なので、解説します。

「生きるための殺し合い」は、決して汚れたものではない

当時のキリスト教の世界でも、昔の仏教(鎌倉時代より前)の世界でも、

  • 生きるために動植物を殺したりして働くものは、
  • すべて汚れたものである
  • 出家をして、そのような仕事をしないものが正しい

と言う価値観があったんですね。私からすると「アホか」と言いたくなるのですが(笑)。

そういうことを言っている僧侶や牧師に限って、

  • 「卑しい信者」たちが持ってきた肉や魚、野菜を食べ、ワインや酒を呑み、
  • 「教会・寺院」を建てさせるために、彼らに「樹を切らせて」いた

わけですからね。要するに「言っていることと、やっていることが違う」のです。彼らが宗教の道に入ったのは、

  • ただ「大衆」を見下したいだけで、
  • 彼らを救うつもりも、
  • 世の中を良くするつもりも、
  • これっぽっちもなかった

ということです。そして、そんなのは宗教ではないと批判したのが、パウロであり、法然・親鸞であり、ヒンドゥー教の聖典である『バガヴァッド・ギーター』です。


…と、話が大幅に膨らみそうなので、詳しくはリンク先を読んでください。一応要約すると、

  • 生命は生きるために、必ず他者を殺さなくてはいけない
  • しかし、逆に言えば「殺されたものは、殺した者の中で生きている」ことであり、
  • 実は、すべての生命は「死ぬ」ことはない(科学的にも、確かに循環している)

ということ。で、クリシュナ(ヒンドゥー教の神)が、戦場の真ん中にいる将軍・アルジュナに対して、こう言うわけです。

  • 「アルジュナよ、戦いなさい。戦って、敵を殺しなさい」
  • 「それがクシャトリヤ(武士)として生まれた、あなたの務めであり、誉れなのだ」

と。こう書くと「残酷な」という反応が返ってくるでしょうが、

  • じゃあ、動植物を殺して生きている、自分や、敵軍の兵士は今、残酷ではないのか?
  • 殺さなければ殺される、今の状態のアルジュナに向かって「戦うな」というのは、残酷ではないのか?
  • 殺さなければ生きていけない人々(というかすべての生命)に対して、
  • 「殺すな」ということの方が、一番の残酷ではないのか?

ということなんですね。「殺すな」というのは、要するに、ライオンに「シマウマを倒すな」というのと同じですからね。あるいはウサギに向かって「人参を食べるな」でも、何でもOKです。そうして考えれば「殺すな」という言葉の方が、よほど残酷である、ということがわかるでしょう。

『バガヴァッド・ギーター』でクリシュナのいう「殺しなさい」というのは、そういう意味なのです。

(決して戦時中の日本軍のような思想ではありません)

仕事で、人の心が穢れることはない

キャッシング借金の話から少し逸れているので、ここまでの流れを整理しましょう。

  • 1.借金地獄にならないために重要なのは、
  • 2.まず、ひたすら働き、稼ぐことである
  • 3.しかし、それは大抵の人が嫌がる
  • 4.なぜか?なぜ、労働は辛いのか?

ということを語っているわけですね。その答えを整理できたら、

  • 1.よりすっきりした気持ちで働いて稼ぐことができ、
  • 2.収支のバランスも改善され、
  • 3.借金どころか、ひたすら貯金ができる

というわけです。で、「なぜ、労働は辛いのか?」ですが、

  • 物理的
  • 精神的

の2つの理由に分かれます。当たり前ですね。(体がきつい、お給料が安いというのは、「物理」です)

で、この「物理」の方はおいておき「精神」については、上の『バガヴァッド・ギーター』の教えが、ヒントになるはずです。もし「こんな仕事をしていたら、自分は汚れるのではないか」と思っていたら、「そんなことはない」ということですね。

たとえば、

  • 「汚れた」仕事
  • 「汚れていない」仕事

の2つがあるとしましょう。この「汚れた」というのは、もちろん犯罪ではありません。「世間一般から、あまり良く思われない仕事です。

で、誰でも「汚れていない仕事」の方に就きたいわけです。でも、自分がそっちについたら、「誰かが、汚れた仕事をしなければいけない」ということなんですね。

もちろん「それでもいい」のは確かです。先ほど書いたとおり、「そもそも、生きるために動植物を殺している」わけですから。このくらいの競争が何だ、ということですね。

しかし、この時点でこういう疑問が湧くはずです。

  • そうやって「綺麗な仕事」に、
  • 「人を蹴落としてついた自分」は、
  • その仕事をしているからと言って、
  • 本当に「綺麗な心」なんだろうか

ということですね。つまり、

  • 「心が綺麗かどうか」が「仕事で決まる」なら、
  • むしろ「他人にこそ、その仕事を譲るべきなのではないか?」
  • そして、自分は「汚れた仕事」の方に行けばいいのではないか?

ということですね。繰り返しますが、この「汚れた仕事」というのは犯罪などではなく、

  • 完全に合法だし、
  • 社会にとっても必要だけど、
  • あまり良くは思われていない仕事

のことです。キリストの時代でいうなら「徴税人」です。当時の徴税人というのは稼げるけど、人から嫌われる仕事のナンバーワンで、女性の遊女、男性の徴税人…というのが、それぞれのトップの位置づけでした。

この「徴税人」というのは、今の税務署とはだいぶ違うので、これも説明します(借金返済のためには、大抵「あまりイメージが良くない仕事」をしなくてはいけませんが、そのヒントになるはずなので)。

徴税人が嫌われた理由&稼げた理由

  • 嫌われた理由…必要以上の税金を徴収し、富を得ていたから
  • 稼げた理由…ローマ政府の代わりに彼らが「悪役」になり、政府への不満を「そらした」から

ということ。つまり、

  • 徴税人の「本当の仕事」は、実は「税金の徴収」ではなかった
  • それだけだったら、ローマ帝国の役人が「直接」やれば良かった
  • しかし、それだと政府が嫌われ「反乱」が起きる可能性がある
  • だから、政府は「徴税人」という悪役を用意した

ということです。もちろん、ただの悪役だったら、なりたがる人がいないので、

  • 徴税人には「特権」を与えた
  • 決められた金額さえローマに納めれば、
  • 後はいくら「余計に徴収」してもいい

ということ。なので、徴税人は「とにかく多めに、税金を取り立てた」のです。それで嫌われたんですね。しかし、その分

  • 民衆の怒りが彼らに向かい、
  • ローマ帝国は嫌われず、あらゆる政策を「円滑に」こなすことができた
  • 結果、世界史上一番平和だった「パクス・ロマーナ」(ローマの平和)が実現した

ということ。つまり、

  • パクス・ロマーナは「ローマ政府」や「五賢帝」が実現したもの、と言われているし、
  • 確かにそうでもあるが、
  • 実は陰で「国民の不満をそらす仕事をした」徴税人たちの「活躍」もあった

ということです。もちろん、この活躍は嫌われて初めて、意味があるものなので「活躍したんだから、認めてあげろよ」などというつもりは、これっぽっちもありません。それでは、全く意味がないからです。

だから、徴税人が好かれなかったことは正しいですし、キリストが彼らと一緒に食事をした時、

「私が来たのは、罪人を招くためである」

と、相変わらず「徴税人=罪人」として扱っているのも、別に間違っていないんですね。盲目的なキリスト教徒の方々は、これを「良い話」と受け取っているようですが、そもそも、

  • 犯罪を犯したわけでもない徴税人を、
  • 「お金を稼いでいるから」という理由で「罪人」というキリストの方こそ、どうか

と私は思うわけです。ただ、これももちろん「それでいい」のです。それこそまさに徴税人が、完璧な犠牲バントをした(ローマに対して)という証拠なわけですから。

キリストにもこうして「罪人」呼ばわりされるくらい「合法なのに、嫌われる仕事」をした。だからこそ、彼らは、

  • パクス・ロマーナを支えるくらい、大衆の「ガス抜き」に成功し、
  • 代わりに大金を手にした

ということなのです。つまり「何かを得れば何かを失う」という言葉通り、彼らは、人から好かれることを捨て、大金を手にした」のです。尾崎紅葉の「金色夜叉」の主人公である貫一が、「私は、人の心を捨て、この仕事を始めましたので」と言って「高利貸しの手先」になったのと、まったく同じです。

貫一の「高利貸し」に融資していたのは、さる「名の知れた伯爵」でしたが、民衆はそんなことは知らないんですね。ひたすら貫一ら高利貸しが「恨まれ役」を買い、伯爵は金だけを手にする。だからこそ、その対価として、貫一たちは「大きなお金」をつかむことができたのです。

貫一の仕事も、ローマ帝国の徴税人の仕事も、本質は「精神的サンドバッグになって、代わりに大金をいただく」ことだったのです。彼らが大金をもらえるのは、それなりの「感情労働」の対価だったのです。


…と、あまりに長くなってしまったので、ここで一度切ります(笑)。もう一度「借金返済」や「キャッシング」との関わりを整理すると、

  • 借入超過者多重債務者にならないためには、
  • とにかく働いて稼ぐことが、まず一つである(節約もしつつ)
  • しかし、そうして働き続けるのは、大抵の人にとって辛い
  • しかし、そもそもなぜ辛いのか

という話だったんですね。逆に言うと「つらい仕事をすると、何でお金がもらえるのか?」ということでもありました。たとえば徴税人の場合は「ローマの平和を支える」のが、実は仕事だったのです。下手をすると「軍隊よりも、ずっとローマの平和を守っていた」かもしれないんですね。(嫌われ役として)

というように、単純に「働きたくない」とか「仕事は辛い」とか「労働は罰だ」と感情的に「片付ける」のではなく、古今東西の人々は、仕事をどう思ってきたのか。どう稼いできたのか。なぜ稼げたのかということを見ていくと、生きるヒント、働くヒント、稼ぐヒントがいろいろ見つかるものです。


で、借金地獄・借金漬けにならないための基本は、他にもあるのですが、

  • 余計なものを買わない
  • 余計な人付き合いをしない
  • 何のために生きているのか考える

なども、「このくらい、広がっていく」というのが想像していただけると思います。(本当はこれらも書きたいのですが、書き始めると止まらず、どんどんキャッシングやカードローンなどの話から逸れていってしまうので。笑)

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